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笄の渡し

 笄の渡し

葛尾城落城にまつわる伝説

「笄(こうがい)の渡し」

  天文二十二年四月の葛尾城跡落城の折、村上義清の奥方は千曲河原に下り、河を渡った対岸の力石へと落ち延びようとしました。敵軍が迫り来るなか、無事対岸まで船で送ってくれた船頭に、お礼として奥方は髪にさしていた「笄」を渡り賃として送ったという伝説から、この渡し場を「笄の渡し」と呼ぶようになったといいます。現在ある笄橋付近が「笄の渡し場(力石の渡し場)」と考えられています。

  この説のほか…
  当時の笄の渡しの位置と、現在の笄の渡しの位置は、同じではないといわれています。

  坂城町苅屋原と戸倉町磯部の間に、突き出た「舟つなぎ石」と呼ばれる大岩があるので、この近くに渡し場があったと考えられます。

  左岸の坂城町上平の出浦北部の田の中に、「姫宮の跡碑」があります。葛尾城落城の際、城主村上義清の奥方が、ここまで千曲川を越えて来たが、甲州兵に囲まれて自刃した場所と伝えられています。
  
  いずれにせよ、天文22年(1553)葛尾城落城後、この地の人々は悲運の村上氏を偲び、悲しい伝承が伝えられるようになったと思われます。

  皆さんはどう思われますか?
  歴史に思いを馳せながらの散策もまた一興ではないでしょうか。

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電話番号:0268-82-1109

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